chuka's diary

万国の本の虫よ、団結せよ!

The Last Comfort Women 最后的慰安婦

‟The Last Comfort Woman” 2014、 は韓国映画で、慰安婦を題材にしたもの。今回は偶然、YOUTUBEで見つけた。中国語字幕だから、ストーリーが100%わかったとは言い難いが、大体は理解できる。興味がある人、下をクリック。

ストーリーは韓国、中国、日本、いや沖縄女性の慰安婦が、満州の慰安所で過酷な運命を共にすることで、意外な方向に発展していく。主人公が、日本人慰安婦であるのも予想外。
 
 
The Last Comfort Women
 
 
 
 

独立記念に花火なし!

July 4 fireworks, live bands cancelled at US bases in Japan.
 
In this July 4, 2012 file photo, fireworks burst over Yokota Air Base, Japan during "Celebrate America." Officials said U.S. military isntallations in Japan will not have firework displays or band performances in upcoming Independence Day celebrations "demonstrate solidarity and our unwavering respect" for Rina Shimabukuro, the slain 20-year-old Okinawan woman allegedly raped and murdered by Kenneth Franklin Gadson.  <br>





Yasuo Osakabe/U.S. Air Force
 
 
7月4日は米独立記念日。この日にもっとも近いのは、フランスの革命記念日=7月14日、だと私は思うが、日本でいえば、盆踊りの日があたっているようだ。つまり、一年に一度の盆踊りをキャンセル、というのだから、その意味は重大。あの、昭和天皇の逝去の時の記憶を、まだ憶えている人がいるのだろうか?
 
独立記念日、Independence Day、とは1772年に、米議会が独立宣言を採択した記念日で、昼はバーベキュー、夜は近くに花火を見に行くのが過ごし方のステレオタイプとなっているようだが、私も家族ずれであちこちの花火を見に行った思い出がある。 あちこち、というのは、引っ越しの度に違った場所に、という意味です。
 
つい6月23日に、日本駐留米軍の総司令官が、フェイスブックで、来る独立記念日には、恒例であった夜の花火と、コンサートの全面中止を宣言した。しかし、毎年のオープンハウス、ゲームなどはやるそうだから、興味があれば、米軍基地内を見に行くのもおもしろいかも知れない。日にちは事前に確かめてください。
コンサートでは、嘉手納基地では、あのAsherの公演が予定されていたのだが、それもおじゃんに。
この独立記念日自粛の目的は、若くして殺された沖縄女性犠牲者の喪に在日米軍も共に服する為だそうだ。
下の写真は、沖縄で海軍下士官が酔っ払い交通事故を起こした直後に行われた、横須賀海軍基地内スーパーでのビール売り場閉鎖。これだけを楽しみにクソ職場を耐えている米海軍兵士達、彼らのショックはいかほどか? 
 
A beer aisle is blocked off at the Navy Exchange at Yokosuka Naval Base, Japan, Monday, June 6, 2016. Sailors in Japan are barred until further notice from non-essential, off-base activities and banned from drinking alcohol, Navy officials announced Monday following a recent spate of high-profile arrests of servicemembers and civilians.
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Tyler Hlavac/Stars and Stripes
上は、犠牲者の写真を掲げる抗議女性。。足元のプラカードに注目。20才の女性が海兵隊に殺された、と。英語はOKだが、事実よりは政治が先行、ということだ。
 
非常に残念に思えるのは、犯人には公正な裁判を受ける権利がある、という法治国家の原則をすっかり忘れているということ。自供や供述から捜査の都合のよい内容を漏らす警察側、犯人は有罪と決めつける怒れる大衆(群衆リンチとどこが違う?)、いったいどうやって公正な裁判がなされるのか?
 
 
 
 
 

革命を目指す若者たち

「革命」を目指す若者たち 「中核派」拠点にカメラが入った

「暴力で時の政府を打ち砕く」―。
 
それにしても汚い。こんなところに住んでいると、皮膚や呼吸器系の感染が予想される。そこで調理し食べてるというから大腸菌感染の恐れも。公安警察よりも保健所の衛生検査が必要だ。
 
野鳥を餌ずけすると、野鳥はその餌に頼って生きてゆく。餌をやるのを止めると、野鳥は死んでしまう、とまで言われている。 革命とか何とか大義名分をかかげるこのグループに餌をやるのはやめよう。 革命爺さん、いや、乞食ジジイは若者を利用するのを止めよ。堂々と野垂れ死にするべきだ。若者に刑務所に入れ、などととんでもない話。刑務所での滞在費払ってくれ。
 
近年、中核の元幹部を名乗る人たちが回顧録もどきを出してもてはやされているようだ。その中ですっぽり抜けているのは、内ゲバ事件。 責任は中核にある殺人事件のことだ、当然殺人を命令した幹部が責任をとるべきだろう。そもそも殺す必要もなければ殺される必要もなかったのだ。
 
ある朝、朝刊を開くと大学時代の知人の写真が。内ゲバで殺されていた。
そいつは、全くいやなヤツで、ノンポリ学生の前では、ああ、革命の中で死にたい、と大げさにのたまい、他の学生サークルの部室に勝手に顔をのぞかせ、スパイをしていた。呆れ果てたのは、ある日そいつは私に、XX派のデモでオマエを見た、とかまをかけてきたことだ。
革命家気取りの本当にいやなヤツだったが、あのように殺されるのは間違っている、とその時思った。その考えは今も変わっていない。

私はキャサリン・ジェーン:Justice 4 All 

 Bloke T Deans
私がキャサリン・ジェーン・ウメザキ(=Katherine Jane Fisher)さんのレイプ事件及び、その後の日本でのレイプ被害者代表としての活躍を知ったのは、iwa*ima*u*a1949さんの6/6 付けのブログ記事、『日本の皆さんに言いたい、沖縄を見て、米兵によるレイプ被害者、キャサリン・ジェーン によってだった。
 
彼女の本、『私はキャサリン・ジェーン 涙のあとはかわいた』 の英語版 ‟ I am Catherine Jane” を Amazonでオーダーしようかと思いながらネットサーフインを続けた。 彼女のレイプ事件に関する記事を読んでいるうちに、あの写真にであった。
前回記事で彼女がBloke Deans 容疑者(上のマグショット)の顔写真を掲げているフォトがそれである。私はそれまで、容疑者は彼女と同じく白人だと思こんでいたので、これには非常に衝撃を受けた。
 
それには理由がある。
米国での黒人による白人女性レイプ事件に関してだ。
白人女性をレイプしたと疑われた黒人男に明日はない、即刻リンチで、ビリーホリディのブルースのごとく‟奇妙な果実”となるか、警察につかまれば、白人裁判員による判決で監獄送りか死刑だ。後で良心の呵責から被害者が告白しても、もう遅すぎる。今日ではそういったケースの多くは冤罪ではないのかと疑われている。
 
DNAによる犯人確定が可能になった今日、すでにレイプ罪をで服役している容疑者の無実を晴らすプロジェクトにより、一人の黒人が十数年にもわたり収監されていた刑務所がら釈放され地元TVでも話題になった。その母と偶然話をする機会を与えられ、黒人サイドからの視点に私はひきつけられた。
 
私は、今日日本でレイプ被害女性を代表する活動家であるフィッシャーさんがウソをついている、と言っているのではない。それどころか彼女は非常に勇気ある女性であると思っている。しかし、彼女がマスコミの前でプレゼンしている内容と実際の事実にはギャップがある。単なる視点の違いかも知れない。だが、被告は裁判で有罪となるまで、無罪である、という民主主義社会の法原則が私の頭から離れない。そういった理由でこのブログを書いている。
 
私はネットに掲載されている多くの英語記事やコメントを読んで考えた。日本語の記事は彼女を手放しで称賛するものばかりであるが、英語記事やコメントはかなり厳しい見方をしているのが多い。
ところで、私の方も、数々の記事を読み比べているうちに、事実のエラーにきずいた。
彼女のレイプは、ある記事に書かれていたように、容疑者のバン(=van)の中ではなく、彼女のバンの中で起こった。ある新聞の記事が間違っていたのだ。
彼女は、横須賀基地近くのバーでボーイフレンドを待っている間、どういうわけかバーで知り合った容疑者と彼女のバンに。横須賀基地の側のパーキングロットに駐車中のバンでレイプ、というのが真相らしい。被害者は、酒の中に薬を入れられ、気が付いたらレイプ、と言っている。
 
横須賀の警察署では尋問ばかりで、犯行後の血液・尿検査をしていないので、彼女のアルコール度とか、エクスタシーやゼネックス等のデートレイプ用のドラックの検出もされていない。
彼女は犯人のDNAを検出させる為に、おしっこを長時間じっとこらえていたそうだが、結局警察にはその気もない、ということが分かり、トイレでした後、悔し涙にくれたそうだ。犯人のDNAについては知らないが、その尿には、コカイン、覚せい剤をはじめ、デイトドラッグとして名高いベンゾ系薬物の残滓が検出可能なので、彼女が果たして薬を盛られたかどうかという疑惑に対する一つの指標となることができたのに、日本の警察は全く関心がない。もちろん、彼らの関心は、コンセント、つまり合意か否か、にあることは疑いもない。
呼び出された容疑者も同様に、アルコールをはじめ、他のドラッグ、コカイン、メタアンフェタミン等の尿及び血液によるドラッグのテストも一切なし、結局は、双方の言い分だけが証拠となるわけだから、彼女がこのレイプ裁判に勝つメドは無し、と判断され、証拠不十分として不起訴にされた、ということは充分考えられる。
 
日本ではコンセントのバーは欧米諸国に比べれば衝撃的に低い。
が何といっても、イスラムにはかなわない。ベールで被われない手を見せただけでも、男は興奮、誘いと思いこむ。これはバーなし。
米国では、州によって違うのだが、高いのは、もちろん同性結婚を真っ先に合法化した加州だ。しかし法廷でのバーの高さは、金次第。要は判決の沙汰も弁護士次第だ。あのケネディ大統領の甥のレイプ事件は恰好の例である。
 
 
この不起訴処分の理由は、お定まりの証拠不十分だけで、一切の詳細につては明らかにされていない。
 
多くのコメントは、日本の供述、自白に依拠した警察の捜査方法や遅れた司法制度に向けられていた。
 
事件発生から2年後の2004年、彼女は、容疑者に損害賠償を求める民事裁判を起こすのだ。ところが、地裁でいよいよ審議が始まるという直前に、容疑者側は出頭をドタキャン、容疑者はすでに米国に帰還、名誉除隊となっていた。
 
私は竹島紛争のブログ記事を通して、数々のネトウヨの反コメを読む機会を与えられたのだが、これらの方々は国際法について意見を述べたつもりなのだろうが、刑事と民事の違いも分かっていない方がほとんどで驚かされた。
 
私達が損害賠償とか、交通違反による罰金を要求され、いかにそれが理不尽であっても、法廷に出て抗議しなければ、原告側の勝利となってしまう。このレイプ事件では、まず、不起訴処分になった容疑者の方が有利な立場なのだが、年期明けで除隊となれば、これ以上日本に残ることは、この容疑者が法的にも経済的にも困難な立場に置かれることになる。コメントの中には、自分だったら、日本に残って自分を弁護する、というのが一つあった。しかし、米軍側からは、法に従い、帰国を促されたこの容疑者に他の選択はあったのか?というイシューが出てくるはずだ。
 
とりわけ、米国の黒人カルチュアとして、警察に象徴される権力によるブラックマン=黒人男の迫害、受難という共通意識はいまだに深く根強く生きている。逃げるしか道はない、という思いもあったのではないか、と拙者は想像してしまうのだ。

私はキャサリン・ジェーン ある著名なレイプ被害者の怒り

彼女は2002年4月にレイプされた。 当時彼女は日本人男性の妻であり三人の子持ち。
容疑者は当時米海軍兵士のBloke Deans, 写真の人物
出会ったのは神奈川県横須賀基地近くのバー。 彼女によると、酒の中に薬を入れられ、気が付いたら容疑者のバンの中。横須賀基地の側のパーキングロットに駐車したバンの中でレイプされた。
その後、彼女はそのバンを運転し、横須賀基地へ。ミリタリーポリスにレイプを報告。しかし、レイプは勤務時間外に起こったとの理由で、日本の警察へ、と言われた。
 
ところが予想を裏切り日本の警察に屈辱的な取り扱いを受けた。これを、彼女は『セカンドレイプ』と非難する。 
警察署では12時間に渡って厳しい取り調べを受けた、その間水も食べ物もなし。
現場に連れていかれ、警察官が相手としてレイプを再現しろと命令され、彼女は拒否した。
彼女の病院に連れて行ってくれという要求などは全く相手にされなかった。
レイプ事件に必要な、加害者の精液検出とか、被害者の身体の損傷について捜査などは日本の捜査官にはまるで関心がない。薬がからんだデートレイプであれば、被害者の血液および尿検査でその化学物質が確定できれば、加害者が有罪になるのも難しくないはずだ。
 
そして、日本の警察は、加害者Bloke Deans を不起訴に。被害者のキャサリン・
ジェーンは今度は米軍に加害者を軍事法廷にかけろと要求したが、拒否される。日本の司法制度が不起訴にしたのだから米軍で裁く必要性がないのだ。
 
2004年に、被害者は、損害賠償を求める民事訴訟を日本の裁判所に。
しかし、加害者は名誉除隊となり、本国に帰還となる。民事訴訟ではこの加害者を強制的に引き止めておくことはできない。加害者も除隊をすればビザもなくなるし、滞在及び帰国費用の問題も出てくる。しかし、彼女は、米軍が日米地位協定を使って加害者を逃がした、とカンカン。
日本の民事法廷では、加害者不在の裁判が行われた。加害者不在の裁判は原告の勝ちである、だから、レイプ被害者は3億円の賠償金を受け取ることになった。しかし、それは、加害者Bloke Deans からではなく、日本の防衛庁からだ。
Bloke Jones は米国に帰還して住所不明。だから、防衛庁でそういった事件の被害者に払う見舞金基金から払われた。これも誰もが貰えるというわけではないらしい。
 
しかし、彼女の法の下の正義の追及は続くのだ、2013年に米国のミルウォーキーの
州裁判所で、あの憎きBloke Deans と双方の弁護士を通して対決、というより、交渉することになった。加害者側は、レイプ犯罪を認めていない。しかし彼女はこれを、勝利と呼んでいる。
 
 
 
 

アジア系は今

 

 


 
USでもっとも有名なアジア系は?と尋ねられたら、多くの人はこの人の名を挙げるに違いない。マーガレット・チョー(向かって右側、チマ・チョゴリの女性)。韓国系コメディアンである。しかしものすごい毒舌ぶり、それに彼女はバイセクシュアルと宣言したものだから、保守系からは毛嫌いされている。
その彼女と物凄くがらのワルいNY出身の若手ラッパー、Awkwafina
とのコラボによるラップが、この‟Green Tea”.
メガネのAwkwafina は中国と韓国のハーフ。彼女のヒット、‟My Vag” 2013、はネットでviralして 大拡散。
‟Vag” とはVagina,ズバリ女性性器のこと。
 
‟Green Tea” は今年の5月30日に出たてのホヤホヤ。
今回二人は ‟pussy”、 ‟bitches” の大連呼。
 
イントロの
With every pussy A pair of shoes will go to a child in need
 
というのは、xxを買えば靴一足を貧しい子にプレゼント、というチャリティセールをもじったもの。xxはもちろんプッシーだ。
要は、私達は黄色いプッシー、それがどうしたっていうの、という居直り宣言。
アジアのステレオタイプを裏返しにして、今度はアジアのビッチ達が男をお妾さんにするのよ、恥ずかしがりやのね、と歌詞は超過激。
ビッチというのは、雌犬、発情期の、で、ここではプッシーと同じく女一般をさしているわけだが、下品だから日常は絶対使ってはいけない英語。
 
Yellow bitches  in the driver’s seat
Bitch drives that Coralla right into the street
というのだから、このアジア系ビッチ様たちは、日本製の車がお好きらしい。
 
このマーガレット・チョーのスタンドアップコミックでのおはこは、彼女の母の物まね。韓国移民一世である母のアクセントを真似し、彼女と母とのカルチュア・ギャップと葛藤を笑いに変えることでマーガレット・チョーはコメディの女王様になった。それをこのMVの最後でやっているので、見ている方は思わず笑ってしまう。ごめんなさい、マーガレットのお母さん。
 
 

 

 

沖縄女性死体遺棄事件とは?

 

沖縄女性遺体遺棄事件の波紋は今やビッグウェーブに。
 
まず、日本政府はケネディ米大使を呼びつけて叱責、今回の志摩サミットを訪問中のオバマ君にもアベッチからのキツいお達し。地元沖縄では、基地撤去と声をからして叫んでいる人達がモメンタムを得ている。
 
容疑者は,シンザキ・ケネフ・ フランクリン。アメリカ国籍のAA、アフリカンアメリカン、(つまり、黒人)。しかし彼の苗字は沖縄系だから、皆を一瞬戸惑わせることに。しかしこの事件は、単なる個人の凶悪犯罪の枠をこえてしまい、今や沖縄・日本では政治的ビッグイシューとなっている。
 
まず、容疑者は、SOFA =The Status of Forces Agreement でカバーされているのか、ということ。日本のマスコミは皆一応に、容疑者が元海兵隊員であったこと、事件発生当時、嘉手納米軍基地で働いていたから軍属。だから、この犯罪は米軍に責任があるの一点張りである。
しかし、法的にはシンザキ容疑者は、米国籍の民間人であり、国防省の公務員でもなく、基地の労働請負会社の契約派遣従業員。だから米政府はシンザキ容疑者はSOFAには適応されない、と言っている。容疑者は、沖縄女性と結婚し、沖縄姓を名乗っているくらいだから、国籍こそは米だが、一体本人は何人と思っているのかもっか不明。しかし、ダイハード(=Die Hard) な基地撤去派にはこういった個人的事情はとても理解できない。
 
それにカルチュアギャップというイシューが加わる。
米国は移民の国、だから全体としては、外国人による凶悪犯罪が多いのは当然。
 
2001年の9・11、当時2997人が殺害された、犯人は19人、国籍は、サウジ・アラブ首長国連邦・エジプト・レバノン
2007年9月、バージニアの名門大学で、韓国籍学生による乱射事件、32人殺害、負傷者多数
2013年 チェチエン共和国からの難民兄弟がボストンマラソンに爆弾をしかけ、3人殺害、負傷者多数
 
また、最近では この5月14日に、日本人男性が結婚解消を恨んでニューオーリンズで地元女性を殺害し、前婚約者の両親に傷害を負わせた。
等々、探せば続々と出てくる。しかし、米政府が、サウジや韓国・日本の大使を呼びつけ、叱りつけたという報道はない。
 
しかし、日本人には、日本人がひき起こした事件は、起こした個人の責任よりも、日本の恥という感情が先行する。そのいい例は、1972年、日本赤軍がテルアビブ空港で乱射しプエルトリコからのエルサレム巡礼団を殺害した事件である。日本政府は自主的に150万ドル(約4億60万円)を迷惑料や見舞金としてイスラエル及び関係者に支払った。
だから、その裏返しとして、アメリカ国籍者の犯罪は母国が責任を、となってしまう。つまり日本はあの頃とちっとも変っていないのだろう。
 
しかし、だからといって、こういった日本人の国民感情(=national pshych)を、やはり日本は、といって批判するのもどうか、というのが最近の米国事情。たとえば、NYの暴言王トランプ氏は、回教徒の米国移民の禁止、メキシコ人は強姦魔だから、米メキシコの国境に壁を建設する、などと息巻いているのだが、これがもの凄く受けている。
経済事情の悪化でたまりにたまった社会的うっぷんを外国人や自分以外の他人種にぶつけるのは、歴史の中のどこか来た道。