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chuka's diary

万国の本の虫よ、団結せよ!

虚構の竹島 その3

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前回の「虚構の竹島」でネトウヨ学者達の英語論文サイトが見つからないと書いたのだが、つい最近、
Review of Island Studies というサイトで、英訳されたいくつかの日本側プロの論文を発見した。このサイトは笹川財団のバックアップによっている。わたしにとっては内容が法的思考に徹底していれば、つまり公平でさえあれば、どこからの紐つきでも結構であることを断っておきたい。
 
その中で、Masahiro Miyoshi という方による論文をざっと読んだのだが、問題がある。それは、この方の一方的なスタンスである。彼には国際法教授の肩書がついているのだから、もっと広い視点から論じて欲しかった。
 
私は一市民の立場から竹島問題を見てみたらどうなるかと思ってこの記事を書いている。米国では、刑事・民事共に法裁判の判決は裁判員である市民のみによって決定される。しかも判決は一回きり。日本のように再審でまたやり直すという事は憲法で禁じられている。
なぜ、市民が市民を裁くのか、その理由は、米国ではプロの裁判官による判決よりも市民が市民を裁く方が公平な結果が得られるという信念にもとずいているからだ。
 
たとえば、竹島問題が、個人の単なる土地所有をめぐる争いとすれば、一方が裁判所に訴えることができる。そして裁判所の判決には双方が従わなければならない。
 
では、この訴訟の法的根拠は何か?それは、この土地が歴史的にどちらに属しているということではない。理由は、問題の土地所有に関しての両者の合意書が存在するからである、つまり1965年の日韓基本協定だ。
 
しかし、これには問題がある。それは双方の合意の内容が食い違っていることである。
 
韓国政府は、竹島は韓国領土で日韓に問題はない。
日本政府は、竹島問題はこの協定で棚上げにした。
 
韓国政府は、協定に竹島問題を含めず、協定に関連する問題解決方法を規定した交換公文の中に、日本政府が要求した竹島問題記述について、日本政府は韓国側の要求した竹島を入れないことに同意した、と主張。
一方の日本政府は、問題は棚上げ、だから交換公文ではこの問題の解決方法を記した、と主張している。
 
棚上げ、とは、解決延期、と解釈されているが、法的には一体どう解釈すべきなのだろう?などと私は思ってしまうのだ。法的な解決をはかるには、最初から延期期間の決定が不可欠である。法的に無条件な棚上げというならば、ここでいう棚上げとは、無期延長だと解釈する他はない。要するに日本政府は、法的解決を放棄してしまったのだ。
 
それなら、この協定が有効である限りは竹島問題解決延期ということになるし、日本側が竹島返還を口にするだけ無駄というものだ。
協定成立以降、竹島問題を全く無視して日韓漁業協定が結ばれているので、実質外交には支障は出ていない。これは、日本側の「棚上げ」の意図、竹島問題を日韓外交の障害にしたくない、ということに合致している。
 
冒頭の部分で紹介したProf.Miyoshiの論文中に、韓国側が竹島問題は存在しない、という理由でICJを拒否するのは理由にならない、という指摘があったが、竹島問題解決無期延期に合意した日本政府が、合意に反して韓国にICJ訴訟を強要するというのも得手勝手な話だ。日本政府のこのような得手勝手さ、法を無視した行動は今に始まったことではない、サンフランシスコ条約の不思議な解釈にもつながっているのだ。