chuka's diary

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終戦のエンペラー:マッカーサー VS 天皇

"stay at home" 命令が出てからもう一か月以上になってしまいました。それで夜はもっぱら映画に時間を費やしている今日この頃です。外へは車で近辺をクルージングするくらいです。

 

最近見た映画に"終戦の天皇" 2013 があります。この映画は日本で大ヒットしたけれど米国での評判は今一番で終わってしまっている。米の映画評論家や映画通の人々の採点が辛い。彼らのレイティングは3-3.5/5。日本では4.5/5。

 

同じ映画なのにどうしてこんな違いが出てきたのだろうか?

 

まずストーリーだが、主人公はマッカーサーと共に厚木に上陸した補佐官、フェラーズ准将(1896-1973)。彼は実在の人物で首都ワシントンでよく知られた共和党要人。この映画では天皇を戦犯裁判から救い出した人ということになっている。事実、フェラーズ准将の残したマッカーサー?宛の短い報告書には天皇は、歴史上常に象徴的存在であり、戦犯として裁く事はさらに多くの米軍兵士の無駄な死を招く、と結論ずけられていた。?と入れたのは、マッカーサー宛てと明記されてなく、ただ "commander in cheif" 宛てとなっていているからだ。当然、軍の司令チェインからすると上司のマッカーサー宛てとなってしまうが、当時のトルーマン大統領や側近にも参考として読まれることを予想して書かれたのかも知れない。実はこの人の文章には定評があった。

 

映画でもはっきりしているように、ルーズベルトの後を引き継ついだトルーマンとマッカーサーは犬猿の仲。それにトルーマンの側近、マーシャル元帥、アイゼンハウアー将軍等は皆マッカーサーの天敵であった。天皇の処分で極東を牛耳る最高司令官の地位を弱めるような事は何としても避けたいのは当然だ。それに次の共和党大統領候補として名前も上がっていた。

 

そのマッカーサーに天皇制維持の口実を与えたのが、日本通のフェラーズ准将。

 

この映画では彼の日本通は、カレッジ時代のガールフレンドだった日本からの女子留学生島田あやに由来している。フェラーズが日本に上陸してから真っ先にしたのは、戦争で消息が途切れてしまったあやを探し出す事であった。この映画では、あやはフェラーズの運命の人。このあやを知り、彼女の叔父の海軍大将の話を聞くことで、主人公は天皇制の特異性を理解した、という筋立てである。西田敏行のあやの叔父&海軍大将の演技が絶妙である。海軍士官学校を優秀な成績で卒業し軍人外交官として海外駐在、英語が達者で一見して論理的思考の持ち主のようだが、なぜか頭の中に論理思考に対するブロックがある。西田の演技はナチュラル。

 

日本の天皇制は明治に始まり、強制的学校教育、軍隊での私的制裁トラウマ、不敬罪、反逆罪、治安維持法の法的政治的弾圧に支えられてきた。つまり人権と自由を否定された人々の恐怖感が土台となっている。決して日本人DNAに固有のものではないのだ。

 

下の動画シーンは天皇がしびれを切らしてマッカーサーを訪問し、あの有名な二人の写真を撮られた時のもので、いわばこの映画のクライマックスとなっている。マッカーサーは執務中のユニフォーム姿であるが、天皇側はモーニングで公式のいで立ち。二人の写真はマッカーサーの思惑通り、大人対小人、または征服者対被征服者、として米国の雑誌や新聞を賑わし、天皇など殺そうと殺すまいと何てことない、という安堵感を米市民に与えたはずだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=bmYXbieirM4


Emperor (2012) - Meeting the Emperor Scene (10/11) | Movieclips

 

主人公のフェラーズ准将はあやのモデルとされた日本からの留学生が卒業した翌年、彼もカレッジを中退、進路をウェストポイント陸軍士官学校に変えた。

これについて、二人の間には恋愛感情があったのではないか、と詮索する人も多い。

 

ウェストポイントを卒業後、陸軍将校となったが、第一次大戦後の平和時でポジションの空きがなかった。その後15年間、昇進もせずウェストポイントで英語を教えていた。しかし彼の転機はマッカーサーがルーズベルト大統領に馘にされ、フィリピンの国軍創立援助に飛ばされ、その補佐としてフィリッピンに赴任したことであった。その前に指揮官訓練に参加したのだが、この時に、彼の"日本体験"を土台とする日本人の心理についてレポートを書き上げ軍に提出した。

 

その後開戦で英軍の北アフリカ作戦に米からオブザーバーとして参加、情報将校として本部に送ったレポートが分かり易いとルーズベルトに非常に気に入られた。しかし、彼の送った極秘情報はドイツ側に逐一漏れていて、ロンメルの的確な反撃に遇い多くの英軍兵士を失う原因となった。英軍側は米から漏れている、と強く疑っていた。暗号を変えた直後フェラーズは米に召喚され、手柄のメダルまで貰った。その時点で情報漏れ事件はフェラーズのエラーではないと判断された。しかしヨーロッパには戻らず、オーストラリアのマッカーサーに配置され、情報戦を担当した。ニューギニア戦線で米軍死者の出なかった上陸を計画指揮し高く評価された。

 

その後、フェラーズ准将は終戦の翌年1946年には軍を引退、共和党の副委員長に就任。おそらく"赤狩り"にも関連したはずだ。その後彼はマッカーサーを共和党大統領候補に推したが失敗し、マッカーサーの天敵アイゼンハウアーが大統領になってしまい、共和党副委員長を辞した。

 

従って、終戦の1945年には彼は49歳。妻と娘のいるよき家庭人であった。だからこの映画のお涙頂戴のラブ・ストーリーは全くのウソ。その点も米国ではいい印象を与えなかったようだ。しかし、多くのリビューには、天皇を戦犯として裁かなかったのは太平洋戦争の米軍犠牲者を忘れ去るのと同じこと、という意見が多く、マッカーサーのやりそうなことだ、というのもかなりあった。

 

フェラーズ准将は戦後あやの叔父を静岡に訪ねた。叔父はあやをはじめ、二人の息子、妻も失い、立った一人生き残ったのだが、かなりやつれた姿ながらも、天皇の為に死んで幸せだ、と全く懲りない。

仏壇に飾られたあやをはじめとする家族の写真はこの映画の悲い結論の象徴のようだ。

 

死者に口無し。

 

 

しかし、マッカーサー役のトミー・リー・ジョーンズ、近衛の中村雅俊、等々懲りない人々を演じた俳優が実にうまい。

このままB級で終わってしまうのは惜しい。

 

この映画はYouTubeでフリーで視られます。Emperor  movie と入れると英字幕付きで出てきます。

 日本のエンペラーゼネラルと呼ばれたマッカーサー最高司令官について以前拙ブログに書きました。 https://chuka123.hatenablog.com/entry/2019/08/13/040348