chuka's diary

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A Town Like Alice : 日本軍の捕囚達(2)

 


A Town Like Alice

“ジーンとジョー”は、日本版の“太郎と花子”。

全く若平凡な若い男女の、しかし戦争という全く普通とは言えない状況下での出会い。

この若い二人の心の間に何かが通じた。

 

おかげでジョーは異様にハッスル、もうすぐ修理の終る筈だったトラックも同じ村でジーンと一夜過ごせるならという理由からその日は全く動きそうにない。

 

ジーンに頼まれて、一行のサバイバルに必要なマラリアの為のキニーネ、下痢止めの薬に皮膚疾患のクリームを村の華僑の店主から手に入れてやった。代金はトラックのタンクからこっそり抜き取った貴重なガソリンだ。彼によれば『日本軍のギフト』だそうだ。

その後トラックはガス欠で立ち往生だ。

彼の方はそれ以後も懲りる事なく盗んだ日本兵のブーツと石鹸を交換したり、飼い主の華僑から逃げ出した豚を密猟してその肉をジーン達一行に送り届けるなどして相変わらずの多忙の日々。

ジーンの一行の英婦人達は、ジョーのことを“ジーンのオーズィー”( オーストラリア男aussi  の英国式発音)と呼んで彼女をしきりにからかっていた。 

 

どうかこれ以上危ない事はやめるようにとジーンはジョーに嘆願をかさねるのだが、『アンタ達は捕虜なのだから手に入るものは何でも利用して生き延びるこった』と、止める気などはさらさらない。

そのきわめつけが黒チキン窃盗事件とあいなった。

 

その村に駐屯した日本軍の司令官は先住者の英国人役人から取り上げた英国産の黒チキンを鳥小屋で後生大事に飼っていた。総数20匹だがその内5匹をジョーはコソ泥しジーンに届けたのだ。

チキンというのは英国人にとって日本人の魚に匹敵するようだ。彼らは産地や味になかなかうるさい。この極上チキンに彼女達はもちろん大喜び、意気揚々と羽をむしって料理にとりかかった。

しかし、宴の後に見事に発覚、泣く子も黙る憲兵にしょっぴかれた。

 

尋問に当たった日本兵はジーンの頬に容赦なくビンタを喰らわせ白状をしいた。

ジーンとしては、あらかじめ皆と申し合わせていたウソの一点張り。

チキンはジョーからだ、とは口が裂けても言えない。

そこにトラックで駆けつけてきたのはジョーだ。全責任は自分にあることを宣言、ジーンには何の関係もないと言い張った。

司令官の命令により、黒チキン窃盗の罪で彼は両手を釘で木の枝に打ち付けられ、背中を鞭で死ぬまで殴打された。ジーン達捕虜一行は強制的に刑の執行に立ち会わされた。

 

その時自分の中で何かが死んだ、とジーン。私は突然70歳の女性になった、と。老弁護士に語るジーンの顔には涙が浮かんでいた。

 

刑の執行後、彼女達は再び炎天下の行進を強いられた。今度はマレー半島の湿地帯を徒歩で横断するウルトラ長期旅。暑さとマラリア、下痢でたちまち残っていた子供達が死んでしまった。やっとそこを抜けた頃には、チキンを食べた罰として一行に付けられていた唯一人の日本人軍曹まで行進の犠牲となってしまった。

 

軍曹が亡くなった村でジーン達はマレー人の村の長老と交渉することになった。彼女ら一行が水田で稲作りを手伝うことをひきかえとして食と屋根を提供してくれないか、そこに戦争が終わるまでとどまれないか、と。

働き盛りの男達は日本軍に徴集され、老人と女子供が残された村では来るべき食料不足が予想されていた。

しかしジーンから話しを聞いた村の長老は目を丸くして驚いた、白人のご婦人方(white mems)が水田で働くことなどとは未だに聞いたことがない、と。

そうなのだ、戦前の白人のご婦人方は、大きな家に住んでたくさんのサーバントにかしずかれて暮らしていたのだ。

しかしジーンは、私達はただの日本軍の捕囚、このまま歩き続ければ皆死んでしまう、この戦争を生き残る為には働いて食べ物を得なければ、と長老を必死に説得。

彼らが敬虔で慈悲深いイスラーム教徒だったことも幸いして、一行は村人に受け入れられた。

 

ところでその村には井戸がなかった。女達は朝夕二回歩いて一時間ぐらいのところから湧き水をバケツにいれて家まで運ばなければならなかった。

 

彼女は遺産を使い念願のマラヤ再訪を果たした。

彼女は、一行が三年あまり住んだ村に自費を投じて井戸を掘った。

ところがである、偶然その井戸掘り人夫の一人にあのジョーが処刑された村に親戚がいた。そのマレー人は残忍な日本軍司令官と白人捕虜の処刑の話を親戚から聞かされて憶えていた。あの白人捕虜は処刑を生き残った、長い間病院にいたが、やがて回復しどこかへ連れ去られた、と。

 

                 

 

1942年のその日の夕方、あの捕虜にまだ息があることを軍曹が隊長に報告した。

興味を引かれた隊長は、ただちに昼間捕虜が処刑された広場に向かった。

 

西洋人が日本的思考過程を理解することは不可能に近い。

死に間際のオーストラリア兵が明らかにこの隊長の存在を間近に認めた時、この日本人は引き裂かれた捕虜の身体に向かってうやうやしくお辞儀をした。そしてまことに真摯な口調で尋ねた。

「死ぬ前に何が欲しいものがあれば言ってみろ?」

オーストラリアのカウボーイの声は驚くほどはっきりしていた。

『この血に飢えたクソ野郎。アンタのあの黒チキンと、ビール一本を頂こうか。』

隊長は血まみれの塊に化した男に無表情な一瞥を与えた。

それから軍隊式に踵を揃えて回れ右、元来た方向に戻っていった。

家に入るやいなや、彼は部下を呼び、ビールとコップ見つけてこいと申し付けた。ビールの栓は開けないように念を押す。

ここにはビールは無い、と部下は隊長にその場で報告。隊長もそれをすでに知っていたのだが、それにもかかわらずこの部下に村中の華僑の店を一軒一軒まわらさせビールを探させた。

一時間後に戻ってきた部下は、同じ椅子に座ったまま辛抱強く待ち続けていた隊長を発見。ビールを見つけることができなかった事を報告し、わかった、という一言にほっとしながら隊長の面前を辞去。

この隊長にとって死は儀式なのだ。死ぬ前に彼の犠牲者に末期の望みをかなえることが儀式を聖なることにならしめている。

もし、ビールが見つかっていたならば、当然英国産黒チキンを料理させ、彼自らが死につつあるオーストラリア兵のところへお膳を捧げもって行ったはずだ。それは彼の武士道を部下達にみせつける絶好の機会であった。

残念ながらビールはない、だから、チキンを殺すのは無駄、というわけで儀式は中断、死ぬ筈だった捕虜の死も中断だ。というのはここで捕虜が死んでしまえば恥をかくのは隊長である彼の方になってしまう。

隊長は早速軍曹に命じて捕虜を木から降ろして現地の病院に送ることを命じた。

 

 

ジョーは日本軍に処刑されたとばかり思い込んでいた。しかし今やジーンはジョーが戦争に生き残ったことを信じて疑わなかった。彼女は急遽予定を変更、マラヤからオーストラリアへ飛んだ。

ジョーが必ず帰ると語っていたオーストラリアのはるかな辺境にあるという彼のキャトルステーションをとりあえず訪れて見ることにした。その地に行くには辺境の町、“アリス・スプリング”を基地としていたセスナで飛ぶこと意外には方法はなかった。この小説の題名、『アリスのような町』のアリスとは、アリス・スプリングのことなのだ。アリス・スプリングは辺境地への基地だった。さらに奥地にむかう人々はそこで電気、電話、水道、手紙、ラジオなどの現代文明と別れを告げなければならなかった。

 

話を先に飛ばすと、ジーンはジョーと所帯を持つ未開地で彼女の遺産を使って近くで町おこしをし、その町をアリスのような文化生活の拠点、人々の憩いの場としたかった。文明の恩恵を受けない不自由な生活にもメゲない素朴で勇気に満ちた住民達を助けたいというのが彼女の願いとなった。だからその町をアリスのように、というわけだ。

 

一方、ジーンが彼を探してオーストラリアに渡ったとはつゆ知らず、ジョーの方はロンドンにいたのだ。彼もジーンを探していた。何というスレチガイ!

彼はまずジーンの父方の叔母を探し当て、彼女から教えられたかの老弁護士をロンドンのオフィスに尋ねた。

 

ジーンは唯今旅行中、顧客の住所はおいそれとは教えられない、手紙を彼女に送るから翌日の正午に持ってくるようにと実に横柄な態度の老弁護士。二人の事情はよく知っている筈なのに。もちろん若い男に対する嫉妬が働いていたのだ。

その上ジーンは遺産を相続し大変富裕な身分であること、なぜすぐにジーンを探さなかったのか、とジョーの動機を疑うような態度にさえ出たのだ。

 

結婚しているものとばかり思っていたので彼女の後を追うことができなかった。そうでない事を知ったのはつい数ヶ月前のこと。偶然に、辺境の町のバーでセスナのパイロットと一緒になって話に花を咲かせているうちに、シンガポールまでジーン達一行を載せたと彼がいったからだ。本人が気がつかないうちにジーンはちょっとした有名人になっていたのだ。

それを聞いて矢も立てもたまらず、その年の牛を鉄道駅まで送り届ける事をすませるやいなや、将来家畜ステーションを買おうと思っていた貯金をはたいてカンタス航空でロンドンへ直行したという。